はじめに・・・  

  私がこのホームページを作ろうと思い立ったのは、私の息子が中学受験を終えて、東京都 内の中高一貫校に進学してまもなくの頃、今から10年以上前の事でした。私は幼児教室マナーズの主宰という仕事がら、多くのお母様とお目にかかり、主に教育についてのご相談をお 受けしています。
  私がお目にかかるお母様方は、ほとんどが小学校就学前のお子様をお持ちのお母様ですか ら、今このページを読んで下さっているお母様方とは年齢的には5才〜10才程度の差があるでしょう。
 しかし、実際には子供の年令、お母様の年令には関係なく、どのお母様も「愛する我が子の成長を真剣に考え、子供にとっての最善の道を模索する」という意味においては、全く違いはありません。

 子供が生まれてまもなく、「ミルクを飲まない・・・顔に湿疹が出る・・・」と心配したお母様の気持ち・・・ 幼稚園に入った我が子が「なかなか幼稚園のお友達と馴染まない・・・グループ遊びが上手ではない・・・」と心配した気持ちは・・・ これらは内容こそ違え、我が子の心配、という意味では同じです。ですから、当然もう少し子供が大きくなり「なかなか成績が上がらない・・・テストの点にムラがある・・・」という心配が出てきた時も、やっぱり「我が子への気持ち」では同じです。
 とは言え、子供の成長に伴って、だんだんと親の心配は「子供そのもの」に向かうものではなく、少しずつ社会性をおびていきます。親の立場やメンツ、見栄等、非常に様々な状況が複雑に絡み合ったものになってくるようです。
40度近い熱を出し、顔を真っ赤にしてハーハー苦しそうに息をしている我が子を見ながら、(代われるものなら私が代わってやりたい!)と切ない思いの心配はとてもピュアな母親の気持ちでしたが、○○ちゃんはどんどんと塾でのクラスが上がっていくのに、同じことをしているはずのうちの子はなかなか成果が出ていない・・・・と心配する気持ちは、「心配」という意味では同じですが、内面的な要素、本質でははかなり違っている・・・

 息子が中学入学から間もない頃、一人のお母様が涙を流さんばかりに保護者会でお話しになりました。
「息子は、確かに難しい年頃になってきたのだと思います。この間、私がちょっと成績の事を言っただけで、やにわに、お母さんはうるせーよ、ちゃんと勉強して、お母様のお望み通りに○○(通っている学校の名前)に入ってやっただろー!、これ以上何文句あるって言うんだよー、いつまでもごちゃごちゃうるせーよ!って言われたのです。息子がそんな言葉遣いで話すのを聞いたのも初めてですし、その時の息子の様子は、私の知らない息子の顔だったように見えました・・・」
 私はこのお話を聞いた時、痛いほどお母様のお気持ちが理解出来たと同時に、図らずもそんなふうに「言葉汚く」母親をののしりたくなってしまった、その息子のイラ立ちを思いました。

 子供達の真実を受け止めてやること・・・これほど親として大事な事はありません。子供達が一生懸命に伝えようとしている苦しさ、気づいてもらいたいと必死に出しているS.O.S、大人にはクダらないと思える事柄への理解、などなど、私達親は、どれだけ知ろうとしてやっているでしょうか? 
 子供達が必死にテレビの話をしているとき、同じ目線で、子供達の興奮を我が事のように理解しようとしてやっているでしょうか?
 あー、今度のテスト、イヤだよー・・・などと話している子供に、「何言ってるのよ、そんな事言っててどうするのよ!イヤでも何でも、受けないといけないんでしょ!さあ、しっかり頑張って!」などと一方的に正論をまくしたてて、「いやだよー」と言った子供の気持ちを、とにかく一度は聞いてやろうとしているでしょうか?テストを受けざるを得ない状況にいる事は、特に中学受験を控え準備に励んでいる子供達は百も承知なのです。それでも尚、子供達はその時点ではテストを受けるのがいやだよー、と言っているのでよね。それはたんなる怠け心でしょうか?それとも、もっと違った何かを心の中に抱えていたのでしょうか?そのどちらかは確かめてみなければ本当は見えていない子供の心です。

 私の仕事のベースは、幼稚園受験や小学校受験をするお子様の準備をお手伝いをし、そういうご家庭に対してアドバイスをする、という仕事です。今では受験にとらわれず、もっと広い意味で「子供を育てる」「子供を教育する」という事についてのご相談を、国内外からお受けしています。
 小学校や幼稚園受験の場合には、中学受験とは違い受験をするお子様は幼く、考査の準備に関してはほとんど「親の意志によって」受験の準備が進められます。しかし、こういう幼い子供達でも、確かに年令に応じた「自分の意志」を持っています。『ぼくは今、こんなお勉強みたいな事はしたくないよお・・・』と思っていても、実際には「お勉強してがんばったら、パパやママが喜んでくれるから」というような「親への思い、誉めて貰いたいという気持ち」をエネルギーにして頑張ってしまいます。このような年令の場合、自我としての反抗がなかなか表面化しないため(実際には反抗、反発しても、幼児よ大人という絶対的な力関係によって、あっけなくはねつけられてしまうのです)、親のペースで過酷な準備が強いられてしまう事があります。
 こういう場合、親がリードの仕方を一つ間違えてしまうと、間違いなくまだまだ繊細な子供達はあっけなく「壊れて」いきます。私は今までに、親のミスリードによって壊れていった子供達を、どれほどたくさん見てきた事か・・・・

 しかし、「小学校受験」をする幼い幼稚園児も、「中学受験」をする小学生も、実は『同じ』ではないでしょうか?
 小学校受験する幼稚園児とは違い、心も身体も大きくなった子供達は、もう親の意志によって「壊れる」ことはないかもしれません。しかし、今度は親に必死に「反抗する」ことによって自分の気持ちをコントロールしようとし、また反発によって心のS.O.Sを発信し始めます。親が手こずる「反抗・反発」とは、小学生の武器でなり、もろく壊れるかわりに必死の「抵抗」をするようになります。
 しかし、この抵抗とは、ある時は子供達からの「大きなS.O.S」という事もあるのです。

 「・・・お母さんはうるせーよ、ちゃんと勉強して、お母様のお望み通りに○○(通っている学校の名前)に入ってやっただろー!、これ以上何文句あるって言うんだよー!」と言った子供・・・ きっとこの子は、中学受験のための準備をしていた頃は、親に反抗しながらも、結果は一生懸命に勉強し、親の期待にも応えようとし、そして熾烈な中学受験に成功したのでしょう。
 しかし、果たしてこの子は、一生懸命に受験準備をしていた頃、親からこの子自身がイメージしたような最大級の労いの言葉をかけてもらっていたでしょうか?毎日のようにある塾通いでくたくたに疲れ、定期的に行われるテストが終わった時、出来不出来に関係なく、優しい思いやるある言葉を御両親からかけてもらっていたのでしょうか?
 やっと長い準備期間が終わり、晴れて志望校に合格したら、今度は定期考査の成績を云々され、それが終わるとまた予習や復習!とせき立てられているとすれば・・・じゃあいったい、この子はいつ、ホッとすれば良いのだと思いますか?

 再び書きましょう!
どんな子供も、みんなお父様やお母様に褒めて貰いたい、と思っています。喜んでもらいたいと思っているのです。そして、御両親の期待に、一生懸命に応えようとしています。そんな親へのまっすぐなピュアな気持ちを、十分に受け止めず、挙げ句の果てには歪ませてしまっているのは、本当は「親」のほうではないのでしょうか?
 
 子供の心を受け止める事は、子供を甘やかせる事でも、迎合することでもありません。
それは子供の気持ち、心、言葉を、愛情を持って聞き、理解してやろうと親がまっすぐに子供のほうを向いてやる姿勢です。
 子供が、常に大好きなお父さん、お母さんに愛されている・・・と実感出来れば、その子はきっとまっすぐに育ちます。愛されていることを実感出来る子供は、他人を愛する事が出来ます。他人にも優しくなれるのです。
 どうぞ、一度今のご自分を省みていただけませんか?あなたは穏やかな笑顔でお子様んに微笑んでいますか?あなたのお子様はあなたに満面の笑顔を見せてくれていますか?

 実はこれは「母親」である私が、毎日一日が終わるときに、自分に言い聞かせている言葉なのです。

 私もこれから毎日、一生懸命に子供を愛し、見つめ、試行錯誤をしながらも、心を込めて子供に接していきたいと思っています。
 どうぞ皆さんもがんばってください。私のこのホームページが、どれだけの方々のお役に立てるかどうかは疑問ですが、一生懸命に子供のことを考え、悩むお母様方の応援のページであることを望んでやみません。

 

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