目先の事に踊らされてはいけません

  ほとんどの塾では、1週間に1回や1単元に1回というように、塾生のためのテストがありますね。塾の中には、その結果を小冊子にして発行したり、成績順に塾内に貼り出す、というところもあるでしょう。そんなふうにされると、当然、結果は気にかかりますし、競争心をあおられもするでしょう。そういう気持ちがうまく「がんばり」につながっていけば、向上心となって表れ、子供もより一層自分の力を磨いていこう!と好循環が生まれます。

 しかし、現在最も多いのが、「親の虚栄心」ばかりが先行するテストです。たかが小テスト(受験本番の考査を本当のテストとして受け取れば、こんな週1や1単元1回のテストなんて小テスト、ミニテスト、ミクロテスト・・・というところでしょう)に躍起になっているようでは、本番の考査の時には興奮と緊張で、爆発してしまうかもしれません。

 

 本来、テストは『習った事が十分に理解できているか?出来ていれば一層高度な方面へと展開して考えられるか?』ということを知るためのものであり、またテストをした結果『解けなかった、解けたと思ったのに実際には解けてはいなかった、というところが見つかったなら、自分の未熟な部分をしっかり認め、不十分なままで先に進まずに、きちんと理解出来るまで繰り返しやってみる』という事ができます。

 結果が公表されようが、隠されようが、テストによって確認することはただ一つ。「習った事を理解する」という行為です。その事を、十二分に認識していないと、ただの軽薄競争オバサンになってしまいます。

 そして、他人から軽薄競争オバサンと思われるだけであれば恥ずかしいだけで済みますが、何より恐いことは、(テストの事ばかりに目を光らせていて、本当にボクが(私が)何を考え、何を欲しているのか全く知ろうとしない人、それがお母さんだ・・・)というふうに、子供から思われてしまうこと、これはきっと母親にとって耐え難いことではないでしょうか。

 こういう感情、こういう子供の思いは、めでたく志望した中学に入学した後も、「しこり」として、しっかりと子供の心の中に残ります。加害者とも言うべき母親は、「志望校合格」というすばらしい切符を手に入れたと同時に、つらく悲しく、切ない受験の思い出は、ほとんどが自分の手元からは消えてしまう・・・と思っています。消えないまでも、「懐かしい思い出」となるのです。そして、自分がどんなに子供の感情を無視し、罵倒したかも忘れてしまいますし、傷ついた子供の心を知ろうともせず、常にテストのことばかりを考えていたことも忘れてしまいます。いえ、覚えていたとしても、それは後悔したり、反省したり、ましてや子供に対して心を込めて謝る事であるなどとは思いもせず、『全部このすばらしい合格を勝ち取るためにはしようのなかった事』として処理してしまいます。このギャップ、恐いですねえ・・・

 

 最近では、塾が笛を吹くと、一心不乱に踊ってしまうお母様が増えてしまったように思えます。目先の事に踊らされて、大事な親子関係を見失い、気付いた時には母親の側から子供の姿は消えていた・・・
 そんな事のないように、「本質」「真理」を見極める、賢い目と頭を持ってくださいね、お母さん!


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